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1カ月近くぶりの更新になりました。
この間も、一応元気に過ごしています。

このGWは「ステイホーム週間」として、出かけずに
家で過ごすことを要請されています。

コロナの収束はまだまだ先が見えず、
個人的には5月6日という区切りがあることを危惧しています。
おそらくは非常事態宣言は延期されるのだと思うのですが、
一定期間延長されたとしても、まだその先もかなり長期間、
様々なことを自粛しなければならないのではないかと考えています。
そう覚悟はしているものの、少しでも収束の兆しが
見えてくるといいなと思う日々です。

このGWは、所用もあり仙台帰省を計画していました。
でも、コロナの状況が一向に好転しそうにないので、
早々とキャンセルを決めました。
伊勢にも仙台にもなかなか帰れず、両実家ともオンライン化できてないので
電話でしか話すことができず、もどかしい思いをしています。

ただ、このコロナがあり、疎遠になっていた親戚の方々と
久々に連絡を取り合えたことがよかったことかな。

この1ヶ月弱の間、基本家で引きこもっていますが、
隙間時間を見つけてはご近所ウォークをして
運動不足解消を図っていました。
でも、時間が短かったり、ここのところはお天気が悪く
「しっかり歩けた感」はなかなか持てずにいます。
それでも、雪がなくなり花々が咲き始めた季節の移り変わりを
実感することができました。
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半ばに一度雪が降りましたが。
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車で出かけたのも、せいぜい富良野や美瑛まで買い物中心で
所用がある旭川にもなかなか行けずにいます。
急ぎではないので、様子を見つつ、の延期になっています。

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今日の上富良野は16℃近くまで上がり5月中旬の気温でした。
この後はまた冬に戻るような予報ですが、
今日は服装も春物を引っ張り出してのウォークと買い物。

庭の雪は今日すっかりなくなり、北側に積んであった雪山も、
今日すべて崩し、あとは解けるのを待つだけの状態になりました。
4月1日でこの状態はかなり早いです。

今日から新年度が始まりました。
3月に仕事の話を1件いただいたのですが、少し遠いこともあり
お断りしてしまい、今のところ自宅で過ごす予定です。

新型コロナの影響もまだまだ大きいのですが、
図書館や公民館、運動施設などの公共施設の利用が再開されました。
ウォークの途中、公民館に久々に多くの車が停まっていました。
町内ではこのまま少しずつ動きが活発になっていくのでしょうか。
新たな感染が出なければいいなと思います。

動き始めたものもあれば、止まってしまうものもあります。
4月3日から、富良野の演劇工場で倉本さん脚本・演出の
特別公演 富良野GROUP×鼓童「屋根2020」が開催予定でした。

舞台からは卒業され、テレビの「やすらぎの刻~道」を
最後の脚本と仰りながら、先日最終回を迎えましたが、
今回、また公演をされるということで楽しみにしていました。
しかも鼓童とのコラボです。

確かに、新型コロナのことがあり、参加するのも無理かもと考え、
ダンナは早々と「行かない」と決めていました。
演劇工場としても、少し前から検討をしていましたが、
今日中止の決定が出ました。
国内の状況を考えれば、当然といえば当然なのですが、
やはり寂しいですね。

今日の決定は富良野公演についてのみ、東京公演については
この後の状況を見て決定するようですが、おそらく無理かと思われます。

役者さんたちは、中止を懸念しつつも稽古を積まれていたそうです。
いつか、公演が実現することを願っています。

異例尽くしの状況が起こっている新年度の始まり。
今はとにかくこれ以上新型コロナが広がらずに
収束していってくれることを願うばかりです。

10年前の2009年6月9日に北海道入りし、翌10日に道民になりました。
今年で丸10年が経ち、今日から11年目に入ります。

札幌に住居を構えたものの1年間は夫婦とも無職の生活。
不安はありましたが、札幌生活や旅を楽しみもしました。

2年目からは私の仕事が始まり、生活の不安が緩和されました。
ダンナは勉強漬けの日々でしたが、無事に試験に合格し
自営業の準備を進め、4年目に富良野で開業。
お互いの仕事の都合で、その少し前から別居が始まりましたが、
5年目に事務所兼住宅が整った上富良野に転居し同居再開。

でも私は上富良野に拠点を置きつつも、仕事の関係で何度かの転居があり
なんとなく落ち着かないあとの5年を過ごしました。
この後の11年目からはどんな生活になるのかな?
と不安と期待が入り混じります。

私にとって今の状態が、充実した日々とは言えないので、
後から「充実した1年を過ごせた」と言えるような状態が作れたらと
思っていますが、それは何年後になるのかな・・・あるのかな・・・

ともあれ元気でないとできないことですから、
体調を崩さないようにして過ごすことが一番なのかもしれません。

そして何より、多くの方々に励まされてきたことにも感謝しています。
日常や仕事などで実際にお会いする方ばかりではなく、
SNSやメールなどを通して支えてくださった方々も多く、
元気をいただいたことが多々ありました。
ありがとうございました。
そして今後ともよろしくお願いします。


昨年植えたルピナスが大きくなって、数を増やして花が咲き、
一昨年植えたラベンダーは花芽がついて少しずつ青くなり、
既にいい香りを漂わせています。
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もうすぐ街中がラベンダーの色と香りに包まれる季節です。


昨日のブログは午前中にアップしました。
地震後の停電は1日足らずで解消したと。

我が家では7日の午前1時過ぎに電気が点きました。
これで町の停電は解消したのだと思い込んでいました。
ところが・・・

7日午後、スーパーに行ったら、途中の信号が消えていて店も暗い。
まだ復旧していなかったのです。
もう人は閑散としていて列はなかったのですが、
やはりスタッフが一人ついて一緒に回りました。
野菜を少し購入して出た後、町の中を少し走りました(車でした)

すると、コンビニやドラッグストアなどほとんどのお店がまだ真っ暗。
信号も街の半分は点いていませんでした。
小学校もまだ復旧していなかったようです。

どうも、電気経路の分かれ方によるようです。
病院や官公庁など早く電気が必要なところに優先的に流れるようで、
家はそこに比較的近いので、経路上にあったのかもしれません。
そう考えると、点いていなかった地域は、離れているところです。

この時に停電していた地域も夜までには解消したようで、
今日は町のいろいろな施設が使えるようになってきたと放送がありました。

ガソリンスタンドは、昨日は午前中は休業していましたが、
午後は営業していたらしく、車列ができていたとダンナが行ってました。
今日はどうかなと思ったら、普通に営業していて、
混雑もなく平常時と同じでした。


今日8日のスーパーは、電気がついて普通に営業していました。
行くまでは、「まだ生鮮品は入ってこないだろうから、
夕食のメインは備蓄品の魚の缶詰かな」と考えていました。
そしたら、肉も魚も野菜も普通に並んでいました
お惣菜も通常の半分くらいありました。
ハムや練り物などの加工品はなく、パンも売り切れ。
でも、町内に豆腐屋さんがあるので、1種類だけ豆腐があり、これは購入。
結果として、夕食は普段と変わらないものを作ることができました。

しかも農村部ということもあり、昨日はお隣からトウモロコシを、
先日は野菜をいただいていたので、かなり助かっています。
ちょうど収穫期というのが幸いしたようです。

個人的には、乳製品が入るようになれば、もう平常の食生活に戻ります。
3日目にしてここまで戻るなんて、思いもよりませんでした。
本当にありがたいことです。

この後大きな余震でまた停電しない限り、平常に戻っていきそうで、
いろんな方から、必要なものがあれば送るから連絡して、
とのメールをいただきましたが、大丈夫そうです。
ご心配をいただいた方々にはお礼申し上げます。
ありがとうございました。

昨日午前3時8分に、胆振地方東部で起こった地震。
状況が見られるようになってから、その凄さに驚きました。

厚真は北海道に通っていた頃、苫小牧からフェリーに乗る前に
お風呂に入るために立ち寄ることが多かった地。
縁のある地でした。
札幌市内でも被害が大きく、以前生活していた近くでもあるので
様子が気になりました。
時間がかかることも多そうですが、早い復旧と
被災された方々の一日も早い生活の再建を願っています。

上富良野では・・・
緊急メールと揺れがほぼ同時に来て、
上富良野に来て以来の大きい揺れでした。
報道では震度4になっていますが、町発表では震度3のようです。

揺れの後、すぐテレビをつけて、震源・震度状況を把握できましたが
20分ほどで停電が始まりました。
幸い我が家では水が出たのと、停電になってから朝を迎えたので
明るいうちにできることが多く、タイミングとしては
幸いだったのかもしれません。

町の防災無線で、下水処理施設の処理能力の関係から
水やトイレの使用を控えるように等の放送があり、
日中は、トイレはできるだけ回数を減らし、
水は最小限にして、使用後は庭に撒きました。

避難所など町の状況がどうなのかなと、朝少し歩きに出ました。
ガソリンスタンドは車が連なって待ち、開店前にスーパーも長蛇の列。

私もスーパーの列に加わり、開店から1時間半待って店内入り。
時間がかかった理由は、一人にスタッフ一人が付いて回るため。
店内の停電と、会計をスムーズにするためだったと思われます。
一人10点までということで、パン・電池・インスタント食品などを購入。
あちこちの店で列ができていました。

並ぶ間にも周りの会話から、電気の復旧に1週間以上かかりそうだとか
水が出なくなっている家があるなどの情報を得ました。

我が家では、停電後冷凍庫の保冷剤を冷蔵庫に分散し凌ぎました。
昼食は早く食べた方がよさそうなサラダやハム類をパンとともに。

夕食は、前の晩カレーライスだったので、ご飯も冷蔵してあり、
IHコンロの我が家はカセットコンロでお湯を沸かし、
ご飯を小分けして湯煎し温め、カレーは鍋ごと温めて
残っていた付け合せの野菜などとともに食べることができました。

数日そういう生活になると覚悟していましたが、
幸いにして1日足らずで解消しました。
物資を購入するのはまだ少し並ぶことがあるかもしれませんが
とりあえず生活への支障はほぼなくなりました。

1日足らずで解消できたことは本当にありがたく思いましたし、
今回は水が使えたことは本当に幸いでした。
短い間でしたが、頭の中にしかなかった生活を実際に行い
足りなかったもの、今後できる工夫を見直す機会になりました。

多くの方々からご心配のメールをいただきながら、
夜には回線が制限され、メールを送ることができませんでした。
タブレットもWifiが使えず役に立ちませんでした。
ご心配やお心遣いをいただいた方々には感謝しています。
ありがとうございました。